いきなりですが、質問です。
「生きるために食べているのか、食べるために生きているのか」
豊かな国ニッポンで、あなたはどちらですか?
私は迷わず、
「食べるために生きている!」派。
食べることが好きで好きで好きで、仕方がない。
おいしいもの好きで好きで好きで、たまらない。
だから、ファーストフードとか、インスタント食品とか、コンビニ弁当ってあんまり好きじゃない。贅沢とか言われそうだけれど、あれらの食べものは、「生きるために食べる」ものだと思う。
もう本当にお湯をわかす気力しかないとか、調理する時間が絶対にとれないとか言うんじゃない限り、私はできあいのものは食べたくない。
そういう風に言うと、たいてい、「こだわってるね」と半分馬鹿にしたような感じで言われるけど、本当にそうか?
誰だって、おいしくって、さらにからだにいいものが食べたいんじゃないのか??それはごくごく普通の要求じゃないの??
なんか、今の世の中ってすごい二極化している気がする。
マクロビオティックとか、ローフードとか、無農薬とか、そういう過剰に健康にいい自然食がものすごくステキなこと、みたいにもてはやされて、その一方で、消費されるだけの安くて早くて健全ではない食品が氾濫している。
どっちもどっちだよなぁ、と思うのはおかしいのかなぁ。
なんか、どちらも、人として魅力を感じない。
ヒステリックに無農薬にこだわる人も、食事といったら詰め込むだけのファーストフード、という人も。バランスが悪いよ。
それでも、そういう食生活を本人が好んで選択しているんだから、大人はまだいい。
可哀相なのは、自分に選択権がなく、親や周囲の環境から、偏ったものを押し付けられている子どもだ。
過剰なアレルギー体質でもないのに自然食ばかり食べさせられていたら、免疫も弱くなりそうだし、本当においしいものを食べられないような気がする。
逆に、出来合いの添加物てんこもりの食ばかりだったら、味覚がおかしくなるだろうし、絶対的に栄養不足だ。
以前、テレビで、子供のころから出来合いの品しか食べていなかったせいで、味覚が破綻してしまっているひとの特集のようなニュースを見たことがある。
ぞっとした。
最近、食育という言葉がやたらに流行っているけど、本当は、食事なんて、教育されるまでもなく、身についていくものなはずなのに。
今は、それすらも難しいみたいだ。
おいしくて、からだにいいものを食べる。
当たり前のことが、できなくなってるんだなぁ、と思う。
自分で、どうでもいいやって思ってしまえば、食の知識なんて何一つ持っていなくても、食べていくことができるんだなぁ、ともしみじみ思う。
自分の体内に取り入れることに対して、無知だというのは怖いことだし寂しいことだ。
栄養などの知識はもちろん、食べることの楽しみ方や、食に付随する、さまざまなことを知れば、それだけ食べることが豊かになる気がする。
食べることが好きになれる気がする。生活が好きになれる気がする。
食って、生活の原点だ。
今、私は普通の会社員をやっているけれど、学生の頃は、その原点に関わる仕事につきたいと思っていたこともあった。
おいしいパン屋さんをひらくとか、カフェをやるとか。
そんな夢はただの夢で終わってしまったけれど、食べるということは一生ついてまわること。
食という原点の存在位置がふらふらと危うい今こそ、ちゃんと食べることを学ぶって大事なのかも。
流行としての「食育」ではなく、生活の原点として、食を学んでみたい。
※Blomotion・キャンペーン参加記事
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